2019年08月02日

志賀城(名古屋市北区)

今日は家から近い公園に来ました。
昔からある公園ですが、近くに住んでいながらあまり詳しいことは知らずただの公園と思っていました。
ところが、此所には昔「志賀城」と呼ばれる武家屋敷があったようです。
そこで、お城巡り7城目です。

志賀城は織田信秀の家老で、織田信長が誕生すると教育係をつとめた平手政秀の居城です。
遺構は残っていませんが、園内に平手政秀宅跡の石碑が設置されています。
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政秀は朝廷との交渉活動や斎藤道三との和睦を成立させるなど外交面において支えていましたが、信秀の死去後に自刃しています。
その理由は信長の奇行を諌めるためというのが一般的です。

遺構などは残っていませんのでお城巡りはこの石碑のみです。
せっかくだから公園を散歩しましょう。
志賀公園は昭和5年に整備が始まり、池を中心とした日本庭園があります。

この池を掘った時、土器、漆器、木器、石造五輪塔などの遺物が出土しました。
弥生末期から室町時代に至る複合遺跡であることが判明しました。
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大昔はこの志賀公園の辺りまで海でした。
そのため、公園の少し西の辺りでは貝殻などが大量に出土し、西志賀貝塚(発掘が終わり石碑程度しかないです)などの遺跡がありました。

古い公園なのでこんな珍しい物があります。
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ラジオ塔
ラジオ放送を市民が自由に聴ける要にと日本各地に設置された物の内の一つです。
名古屋市内では此所を含めて3カ所残っています。

これは野外ステージでしょうね。此所で何かやる人いるのでしょうかね?
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歴史の音
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われわれの遠い祖先の日々の足音に耳をかたむけると同時に、それらを記念する物

結 - YUI
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少し調べてみたら、自分の住んでいる近辺にこんな歴史があったとは驚きです。

posted by 大工のとうちゃん at 20:00| Comment(0) | お城巡り
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